cologakin’s diary

てきと〜につらつら

出発点

なんだかんだいって、「世紀末ウィーン」について「研究(研究と言えるほどのことを私はしているのであろうかと、この言葉を使用するたびに考えてしまう)」をしようと思ったきっかけも、ドイツ近現代史なのだ。

 

だからこそ、もちろん野蛮にもそれらを「ドイツ語圏」としていっしょくたにすることはできないけれども、やはり私にとって両者は地続きのものであるし、研究をしてゆくうえでの振り返り点でもあるわけで。

 

なんなら、学部専攻の中国語を中心とする東アジア地域も、私にとってはまだまだ諦めきれない地域であって。

 

そんなわけで、私は現代の歴史研究者からは顰蹙を買うような、「欲張りの研究学徒の染色体」な訳である。と思う。まだまだ「研究者の卵」なんて言えないし、研究者になるかもわからない。

 

そんなわけで、歩いてゆくしかないのだ。

 

追伸:

見栄っ張りの性格なので、無意識にかっこいい文章を書いてやろうなんて思ってる自分がいることに気がついたよ、今、遅いけど。

思いつくままに書いていたら、なんだかすごく胸が軽くなったよ。

arigatou,kiduki.

2021年、色々気づくこと多い。まだまだ私は赤ちゃんなんだね。(染色体の話どこいった)